モノは時間を奪う

モノを持てば持つほど、時間がなくなる、というのは本当です。

モノを持つことは、それを管理するための時間とリソースをそのモノにさく、ということ。

無駄なモノを持っていれば、無駄な時間を使うことになります。

それを人は本能的にわかっているのか、だからこそ、断捨離というものに惹かれる人も多いわけですが、さらに過激な領域に足を踏み入れているなあ、という感じがしたのが、今回読んだ本「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」に載っていたミニマリストという生き方です。

本を読んでいくと、そこまでモノを処分する必要があるのか、と思う反面、わたしも精神的には身一つで放浪するというのに憧れているので、わかる部分もあります。

本というモノではなく本という体験

実は、断捨離前にわたしがとにかく捨てられなかったものに、本があります。

引っ越し前の広い家にいた時は、壁の作り付けの本棚には本がぎっしり。

それでも飽きたらず、いたるところに本棚を置いて、本を収納していました。

ですが、狭い家に引っ越しした今は、押し入れに少しと、本棚に少し。

以前に比べると、格段に本の量が減りました。

と言っても、電子書籍に移行した、というだけなんですが。

紙の本から、デジタルに移行する時には、やはり葛藤がありました。

本を処分してしまうと、本に伴う経験までなくなってしまうような気がしていました。

しかし、本を処分しても、その本を読んだ時の気持ちは覚えていることが多いですし、好きなストーリーは覚えています。

そこまで体験して、やっと、わたしが好きなのは、本という物質ではなく、本に記されている物語や言葉なのだ、ということを理解したわけです。

そこを理解すると、本はどんどん処分できます。

というか、デジタル化できます。

わたしはずっと私設図書館を作るのが夢でしたが、今は、クラウドに好きなだけ本を置いて、好きな時にダウンロードして読めます。

これが、私設図書館でなくて、なんでしょう?

全て体験

結局、わたしがモノを手に入れる目的、というのは何らかの体験なわけです。

所有を目的としたものであってすら、所有という体験がしたいわけです。

そう考えると、自分が本当は何がしたいのか、というのが見えてくる気がします。

ミニマリストを知りつつ断捨離

ということを本書を読んでつらつらと考えました。

が、さすがにここまでのシンプルな暮らしというのは、家族の協力がないと難しいかな、と思います。

どちらかというと、シングル向けなのではないでしょうか。

ミニマリストを目指すのは構いませんが、家族持ちには、やはり断捨離の方がやりやすいかな、と思いました。

日本でもここまでシンプルに暮らせるという希望を持つには良い本です。